まめ書架

読書、映画、ときどき音楽。あるいは芝居。

【小説】高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』

運転手さんそのバスに、僕ものっけてくれないか?

行き先は――野球。


高橋源一郎優雅で感傷的な日本野球

優雅で感傷的な日本野球 〔新装新版〕 (河出文庫)

優雅で感傷的な日本野球 〔新装新版〕 (河出文庫)


1985年、阪神タイガースの選手達は優勝前夜に失踪した。
自分たちがしていることは野球ではないかもしれないと、気づいてしまったから。
行方をくらませた選手たちは、失われた<野球>を探しつづけます。
あるものは図書館で、あるものはAV男優になって、
またあるものは精神病院のなかで。

野球なんか、知っているひとは、
誰もいなくなったというのに。


高橋源一郎作品では、ピンク色の嵐のようにポップで混沌とした世界から、突如、映画のフィルムが回りはじめる瞬間があります。読んでいると、はじまった、と気がつく。上映される映画のストーリーは、すごく奇妙で、おかしい、何かが間違っている。それなのに、とてもせつない。

"甲子園球場に集合した阪神タイガースの選手たちは、再会を約すと、降り始めた雨の中へ一人ずつ消えていったのだ。"

ね。
情景が浮かぶでしょう。絵になるでしょう。
(そんなことないですかそうですか)


なにを見ても野球になる。
なにを喋っても野球の話がはじまる。
どんな出来事も野球につながっている。

とめどなく膨張しつづける野球の概念。野球のことを話せば話すほど、野球とは似ても似つかない他のなにかになってゆく。語れども語れども、野球はいつまでも遠く届かない。

それでも掛布はこう叫ぶ。


「ああ、野球がしたい!」


なぜって?

野球がすきだからだよ。