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まめ書架

読書、映画、ときどき音楽。あるいは芝居。

【新書】中澤二郎『働く。なぜ?』

どうしてはたらくのか、と聞かれて、あなたは答えられるだろうか。

仕事がたのしい?お金が必要?自己実現?社会の一員としての義務?

 

この本は生きてゆくうえで「なぜ働くか」を考えるときに数多湧きおこる疑問へのひとつの回答に、

 

なると、思って、読んだ。

 

中澤二郎『働く。なぜ?』

 

働く。なぜ? (講談社現代新書)

働く。なぜ? (講談社現代新書)

 

 

読み終えたあとに、ごりごりとした違和感がのこる。

多すぎる独自の図のせいかもしれない。見田宗介のもとで社会学を学ぶ著者に過剰な期待を抱いていたのかもしれない。でも一番の原因は、「この本の読者にわたしは想定されていないのではないか」ということだったとおもう。

この本に受け入れてもらうには、まず、波乱の就職活動をのりこえ、かなりしっかりとした企業に務めなければいけない。新入社員はきちんと研修をしてもらえ、3年ごとに転勤があり、同期がいて、大変だけどやりたい仕事というものも手は届かないけれど目に見えるところにあって、サポートしてくれる先輩社員がいて、たくさんのルーチンワーク(※社会人としての礎をつくる仕事でなければいけない)があるけれど、ときどき刺激的な仕事がやってくるような、そういう職場でなければならない。そして、自分が成長するのにかかる約10年間、存続してくれる会社でなければいけない。

いったい...いったい、どれだけのひとが、この本の読者になれるんだろう。

あるいは、わたしにも、新入社員のころは、読者たる資格があったろうか。

著者の中澤二郎さんも、その点については、「はじめに」で”それはそれとして甘受します(P11)”とおっしゃっています。そのうえで、本書の目的は、”なぜそういう意見がでてくるのか、その歴史的背景や拠って立つこの国の仕組みを明らかにすること”に、あるのだといいます。

たしかに、少し前までなら、大企業でなくても、ほどほどの規模がある企業にも、これくらいのことはできたのかもしれません。いまは、当時は生き延びていた「働くということ」への倫理や義務感がないがしろにされていると筆者はかんじており、「そうじゃないんだよ、仕事っていうのは、もっとすてきなことなんだよ」ということを、『しごと穴』をはじめとする独自の概念で、できるかぎり具体的に伝えようとしているのだということも、わかります。

 

それでもやっぱり、わたしはこの本の『読者』ではない。

だいたい、こんなはたらきかたをする人は、男のひとだけじゃないのか。

(うーん、こういう考え方をするとは、前に読んだ『結婚帝国』を引きずっているのだろうか?じつは『働く。なぜ?』のほうを先に読んだのだ。最初に読んだときに違和感があり、書きながら読み返してみて、やっぱり違和感があるのだ。)

 

【対談】上野千鶴子・信田さよ子『結婚帝国』 - まめ書架

 

 

最後に、まがりなりにも社会学卒業論文を書いた身から、いちばん「ごりっ」と違和感があった点を、書いておこうと思います。

 

中澤さんは「職業に貴賤はない」と断言しています。どんな仕事からも等しく世の中に働きかけることができ、そのために知名度や世間体はいっさい関係がないのだと。どんな仕事から世間をみても、「世の中はひとつ」であり、世間体をきにする自分がそう思っているだけだ、というわけです。

そんなわけは、ない。

なぜならわたしはわたし以外の視野にたつことはできない。わたしの視野から逃れるための手段は想像力しかないけれど、それですら、自分の脳みそからは逃れられない。

たしかにおなじ現実を見ているのかもしれない。でも、たとえばわたしが見ている赤色と、あなたが見ている赤色が、おなじだなんてどうして言えるだろう。現実がわたしの中で再構築されるときには、社会的な価値や規範のフィルターを通し、もとの現実とはまったく別な物になっている。だのにどうして、「世の中はひとつ」だといえるだろう。

 

マザー・テレサのことばを引用して、中澤さんはこんなふうにいう。

ノーベル平和賞受賞者のマザー・テレサはかつてこう言いました。「もし私が、顔も足もネズミに食い荒らされて悪臭を放っているあの女の人を見つけたとき素通りしていたとしたら」と。

 そうした彼女の仕事を誰が賤しいと蔑むでしょうか。”

 

もちろん誰も蔑まない。それは尊い仕事だ。人間的なものがぎりぎりまで失われてしまったひとの人間性を助ける、社会的価値のとても高い仕事だ。

それじゃあ聞くけど、ファミマでチキンを上げる仕事は尊いだろうか。駅でポケットティッシュを配るのはどうだろう。めったに鳴らない問い合わせの電話を仕事するフリしながら待っているのは賤しくないか。

そこからどうやって世の中をみつめればいい?