まめ書架

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【小説】よしもとばなな『王国 <その4> アナザー・ワールド』

”食べるためにりんごを剥くとか、銀杏を割るとかとほとんど変わりなかった。(中略)命があるから、生きているのであって、なにかを成すために生きているのではない” 

これはいったいなんだろう。

なんだかとてつもないことだとおもう。

あえて四文字で表現するなら、「生命讃歌」だ。

 

よしもとばなな『王国 <その4> アナザー・ワールド』

 

王国〈その4〉アナザー・ワールド

王国〈その4〉アナザー・ワールド

 

 

自分の核をなすなにか、だれにも傷つけられてはならない何かを、どこかに置き去りにせず、今もきちんともっているなら、あなたはきっと大丈夫。そういうことを言っているのだとおもう。泣きべそかいてるひとの頭を、そっとなでるみたいに。

生命賛歌ーーこの小説は、「いま・ここ」の生命の素晴らしさを歌い上げているだとおもって読んだ。たとえば美しい春の夕暮れの中を好きな歌をうたいながら歩くときや、ダイコン畑のうえに腰かけたすずめの親子を見つけたときの、なんともいえないしあわせさ。

 

君たち、生きてるねえ。

君たちが生きているのと同じ時を、わたしもまた生きているのだよ。

奇遇だねえ。これって奇跡だとおもうな。

 

でも、今は、どうやら、そうじゃない。会社でもよくいわれるように「目標をもって、さらに上を目指す」...夢とか将来の目標とか5年後の自分を思い描けなければ、生きていても意味がないのだとしたら、いままさにわたしは「意味がない」人生を生きている。土曜日の昼にホットケーキをふかふかに焼き上げることに喜びを見出すような「ふつうさ」のまま生きることは、ますます難しくなるのかもしれない。

でも、

 

”今日は今日の光だけを見て、精一杯体も心も動かして、とにかくただ生きるんだよ。”

 

電車で読むんじゃなかった。

花粉症でもないのに鼻水たれてきて、大変だった。