【小説】アンナ・カヴァン『氷』
夢と現実がないまぜになる。いったいいつから?読み返してみても、境目がわからない。どこから主人公の病んだ精神による妄想なのか。なにが本心なのか。だれにもわからない。共感を禁じられ、何を信じていいのかわからないまま、道に迷った主人公と一緒に、わたしたちも迷い続ける。
それなのに、この小説のラストシーンは、身もだえするほど美しい。
アンナ・カヴァン『氷』
この本のなかの世界がいつから氷漬けになりはじめたのかもわからない。なぜそうなったのかも語られない。結局その後どうなったのかもわからない。というか主人公が何者なのかは最後までいまいちわからないし、少女との関係も、わかったようでわからない。
ここはどこなんだ。
アメリカ?地球?...ほんとうに?
小説の内容もまた、ゆらゆらと揺れ続ける。探偵小説のようでもあるし、恋愛小説のような気もする。アクション映画のようなシーンもでてくる。社会基盤がゆらぎ暴動が起きるところなどはディストピア小説にも読めそうだし、原子爆弾による気候変動のくだりもあったので、SFかもしれない(まえがきにもそう書いてあったし。)
どのシーンにも共通しているのは、ガラス細工のようにはかない少女と、迫りくる氷。突如、情熱的な物語がやってきたとおもっても、あっというまに熱は冷めて、とたんにつかみどころのない物語に変容してしまう。
小説全体に充満する、不安。
なんだか身に覚えがある気がする。
夜明け前の氷の大地を車で駆け抜け続けるような寒さと美しさと残酷さ。ポール・オースターが好きならきっと楽しめます。