まめ書架

読書、映画、ときどき音楽。あるいは芝居。

【小説】谷崎潤一郎『細雪』

日本文学、っていうのがどうにも苦手でした。

いまもそれほど好きではない。

 

だって日本文学って、箱とかに入ってる。本棚に収まる姿も「わては日本文学やさかいに、そこらの三文小説と一緒にならべてもろたらあきまへんのやで」とでも言いたげなたたずまいを醸し出している。履歴書には「趣味・読書」と書いてきたけれど、所詮好みのSF界隈をふらついているだけのわたし、あいすいません、わたしのようなものがあなたさまを読むなんざ、あさはかでございましたと腰を低くして引き下がるしかなくなってしまう。

というのは言い過ぎかもしれないが(言いすぎです)まあとにかく、日本文学ってちょっと苦手だわ、とおもっていたわけです。

それがどうだ。

 

この小説は、婚期をのがしまくった妹二人に手を焼かされまくる次女の話であり、特技なし職なしでも美人な行かず後家的腹の底が読めない(おそらくそうとう腹黒な)三女が見合い相手にいちゃもんつけまくる話であり、手に職をつけ自立の意思も強く男遊びもなかなか盛んな近代的悪女たる四女が腐れ縁的ダメ男をふりまわしまくる話でもある。長女はあんまり登場しないので割愛。

 

なにこれ。

めっちゃおもしろいやん。

 

谷崎潤一郎細雪

 

細雪 (上) (新潮文庫)

細雪 (上) (新潮文庫)

 

 

 

細雪 (中) (新潮文庫)

細雪 (中) (新潮文庫)

 

 

 

細雪 (下) (新潮文庫)

細雪 (下) (新潮文庫)

 

 

新潮文庫版のあらすじには「昭和十年代の関西の上流社会の生活のありさまを四季折々に描き込んだ絢爛たる小説絵巻」とあります。

たしかに、上流階級の春夏秋冬、毎年の花見や蛍狩りといった風流なイベントも事細かに描かれていて、その描写は”絢爛”のことばが確かにふさわしい。あでやかな着物をまとい大阪の街を歩く四姉妹は、創造するだにさぞや人目をひくことだろう。

でも、この小説の裏には、猩紅熱があり、中耳炎があり、赤痢があり、流産があり、下痢がある。うるわしい上流階級の生活を描くだけなら必要ないはずのいくつもの不浄がある。伝統的な日本の風習とか家とかに縛られながら、家族はたくさんの外国人と交流し、当時のハイテクな娯楽・映画を楽しんでいる。そして新聞やひとびとの口の端に、戦争の影が見え隠れする。

 

細雪』の蒔岡家は、父の代までは大阪でも名の知れた家柄だったものの、父の死後は没落し、「うるわしい上流階級」とは一概に呼べなくなっている。『細雪』全編に立ち込める妖しい美しさとは、栄華をほこった家柄やうるわしい風習や伝統といったものたちの「没落過程」の美しさでもある。でも、登場人物たちは別に嘆いたりしない(多少懐かしんだりするけれど明確に「昔はよかった」といったりしない)し、戦争のせいともいえなさそうだ。戦争がはじまる前から、この人たちは没落しはじめていたのだから。

だいたい蒔岡家のひとたち、「戦争があるかもしらんね。まあ、うちには関係ないか」程度にしかおもっていない。新聞は読むけど、飽きちゃうくらいだから。時局とやらが差し迫っても、外国の友人(ひとりはイギリス、ひとりはドイツ)にプレゼントを贈ったりもする。洋書も読む。

 

なんだか...変な小説だ。

そう、あらすじなんかを読むにつけ、これは「失われゆく伝統や風習の美しさ」や「華やかな上流階級の人たちの暮らし」を描いた小説であるはずなのに、実際読んでみると、そうでもないのだ。確かに美しさもあるし華やかでもあるし伝統は没落しつつある。でもそれは、時間の流れのようなどうしようもないことで「たまたま」そうなっただけで、登場人物はうまいこと適応しながら生きているように見えるのだ。

 

ふーん。ふしぎだな。小説というもの、とくに「近代小説」というようなものは、明確な主義主張のあるものだとおもっていた。でも、『細雪』には、作者や登場人物の「いいたいこと」がほとんど顔をださない。とくに三女・雪子の「自我のなさ」はすごい。まわりのみんなが様子をうかがってやらなければ、行間からも消えてしまいそうなほどに、はかない。

 

(※そのへんの事情は、根本美作子『眠りと文学』がとてもおもしろいのです。)

 

 

世間的には、雪子が「理想の女性」とされているらしい。

まじで?

わたしには、妙子のほうがずっと魅力的だった。それに、谷崎潤一郎の経歴をみるにつけ、好みの女性のタイプは雪子よりも妙子だとおもう。「理想の女性」がこんな無口で自我のないよくわからないおそらく超絶腹黒なひとだとは、とうてい思えないのだけど。

 

ううむ。

つくづく、変な小説だなあ。

読んでいる間は、とても楽しく読んでいただけに、立ち止まるとどんどん変なところが目に留まる。

 

「なんかよくわからん、変なもの、新しいもの」という意味をもつ英語が「novel」だといいます。

変な小説、また読もうとおもいます。