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まめ書架

読書、映画、ときどき音楽。あるいは芝居。

【小説】エリナー・ファージョン『ムギと王さま ー 本の小べや<1>』

児童書を読んだときの、じんわりとおなかの底が暖まるような幸福感とは、なんなのだろう。


エリナー・ファージョン『ムギと王さま ー 本の小べや<1>』

ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)

ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)


おとなの目で読めば、たしかにすこし説教くさい気もする。お話のように、真面目だけで世の中の荒波は渡りきれないし、正直が最後にいい目に会うとも限らないのは身に染みた。四半期の売上に思いをめぐらせ三年後の我が身を脳裏に描いて自分を鼓舞し、眉間にシワをよせてプリプリしているのがおとなで、そうしてはたらくしかないのだと、どこかで諦めてすらいるし、そうするのが楽でもある。

だから、おとなになってから読む児童書というものは、おとなの言う意味で役立たずだ。

でも、だけど、である。

物語のなかの、桃の木を愛する少女や愚直なきこりの姿を見ていると、自分でこの世のなにかを変えられるなどとどうして考えるのだろうと、不思議な気持ちになってくる。

物語のなかの彼等は、実に満ち足りている。目の前のやるべきことをこなし、それ以外に必要なものもなく、いつの間にか舞い込んだ幸運にそっとふれる。それが幸運であることにすら、気付いていないのかもしれない(幸や不幸に差はなく、どちらも等しく世界からのさずかりものだから)

目の前のことを一つずつこなし、目の前の世界をあるがままに愛すること。

そういう仕草が、わたしのお腹を暖めているのだとおもう。