まめ書架

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小川洋子『ことり』

冒頭30ページで、読み進めるのがおっくうになった。

読み終えてしまうのがいやだった。ずっと読んでいたかった。

 

小川洋子『ことり』

ことり (朝日文庫)

ことり (朝日文庫)

 

 

 結局、1週間ほど寝かせたところで、続きが気になって読みました。
(あまり知られていませんが、本って寝かせると熟成発酵するんです)

 

近隣住民や子供たちから「ことりの小父さん」と呼ばれていた老人の死体が発見されたところから、おはなしは始まります。彼はどうして「ことりの小父さん」と呼ばれていたのか。

 

両親が死に、お兄さんが死に、仲良くなった司書の女の子や幼稚園児や虫を愛でる老人はいなくなる。束の間おじさんの人生に介入し、去ってゆく人々。なにかよく分からない凶暴な力が、おじさんの生活を形作るささやかなものたちを奪い取ってしまう。凶暴ななにかは、私も良く知る言葉でいうところの「常識」や「規範」ってやつだ。おじさんはそういうものに、うまくなじめない。

とても美しい鉱石なのに、形にあわない標本箱にむりやりおしこめられているような。

 

おじさんは何も言わない。

さみしいとも、くやしいとも、いわない。

 

おじさんのお兄さんは、人の言葉を話すのをやめ、小鳥の言葉を話していた。その言葉は他の誰にも理解できなかったけれど、おじさんにだけは伝わった。おじさんのさみしさは、お兄さんほど小鳥に接近することもできず(それはほとんど「人」をやめるということだった)、司書や園児や老人のように去って行くこともできない(だれも自分のさみしさからは逃げられない)

 

おじさんの死はひどくさみしい。

なんともいえないくらい、さみしい。でも、この小説はすごく美しい。

 

さみしいけれど、おじさんはおじさんのあるべき場所で死んだからだとおもう。
さみしいけれど、それはきっといいことだ。