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まめ書架

読書、映画、ときどき音楽。あるいは芝居。

うちの母のはなし

どこに吐き出せばいいのかわからない。

私はなにか間違ったことをしたんだろうか。間違ってないにせよ、おかしいことだろうか。私意外のひとにとっては何一つ切実ではない、っていうか私にとってすらもはやどうでもいい、どうにもならない、悪臭でしかない、どうしょうもなくどうしょうもないはなしだ。

気が済んだら消すかも知れない。

でもとにかく、家族意外の誰かに聞いてほしくて書く。

ひどいコメントがついたらどうしよう。

まあ、いいか。

こういう話だ。

母はバラエティー等を見るとすぐに「あー、やっぱり離婚したらあかんな」とか「国際結婚はなあ、あかんでえ」とかにこにこ言っちゃうタイプのひとで、私はそれを聞くとすぐに言わなくてもいいことを言い返してしまう。「それは偏見やで」みたいなことだ。

今日は「よう言い切るなぁ」といった。たしか。
すると、母にすごい剣幕でこう言われた。


「言うとおもったわ!あんたはすぐにいらんこと言うなあ!テレビ見て好きに言ってるだけやねんから、なんもいわんとってくれるか?!」


あー、そうだよな。

そりゃそうだ。

父と母のはたらいたお金で成育されご飯をたべ家に住みテレビを見ている娘たる私には、母のいうことにあらがうことはできないというわけか。今まで度々言われてきたように、嫌なら家を出ろというわけだ。

なるほどな。一理ある。

ところで私は、どうしょうもなく下らない偏見をにこにこ話す母のことが、嫌だ、とおもうから反論してきた。だってこれが私の母なのだ。そして私も「母」になっちゃうかもしれない。娘だったらどうしよう。姉妹なんか最悪だ。

母に怒鳴られたからといって意見は変えないし、怒鳴られたくらいではへこたれない精神を母から学んだ(母がどうしょうもないときは黙ってろ、というのは父から学んだ。)この母でなければ、今のわたしにはなっていなかった。そして、母の読書好きも、裁縫好きも、浅はかなところも、決め付けるところも、そっくりなのだ。母に見習うべきところは多いし、実家にいる分依存しているところもある。それに、今までご飯を与え育てただけで、それをしない母よりも立派じゃないか。

ああ、でも、納得できない。

それが親なら、私は親にはなりたくない。

納得できない。