読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

まめ書架

読書、映画、ときどき音楽。あるいは芝居。

ネメシュ・ラースロー監督『サウルの息子』

私が観たものはいったいなんだったのかと、ぼんやりしてしまった。

ネメシュ・ラースロー監督『サウルの息子』

映画の背景の奥行が広すぎて、どこから説明すればよいのか。

舞台はアウシュビッツ、主人公はユダヤ人で、殺されたユダヤ人の死体処理をおこなう「ゾンダーコマンド(特別労務班)」と呼ばれる仕事をしており、自分の息子の死体を見つけて弔おうとする、という情報があれば、何とかなる。というか、それがすべてなので、あとは、観に行ったほうがいい。

劇場でみたほうがいい映画、というのがあるなら、この映画もそんな一本です。劇場という空間は、あたりが暗く、足元は見えず、座席は狭く前を向くしかなく、ようするに「映画に集中するための設備」が整っています。100分程度の時間、「映画を観させられる空間」です。そういう、逃げ場のない環境で観たほうがいい。

逃げ出したくなるようなひどい映像が映るわけではありません。
ただ、そっちのほうが、サウルにより近づける気がします。

サウルは、劇中、一切の感情をもらさないため、弔おうとしているのが彼の息子かどうかすら、いまいち判然としません。もしかしたら全然知らない子どもだったかもしれない。サウルに関する一切はなにもわからない。わかるのは「死者を弔おうとしている」ということだけ。

もしもこのこどもが本当にサウルの息子なのだと明確に示してくれたなら、私たちはすぐさま「自分のこどもを手厚く弔おうとする父親の物語」に飛びついたろう。サウルを助けてくれる人がいたなら、「どんな場所にも人情はある」というタイプの物語になったろう。

大味で明快な物語に、私たちはすぐにすがってしまう。戦争はひどい、ホロコーストは悪だ、みたいなことを声高に叫ぶような映画もある。でもこの映画はそういう地平をはなれることを選んだ。そして、淡々と「アウシュビッツの日常」を撮影している。

感動もしない。涙もでない。

でも、刺さる。

しばらく抜けそうにない。