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まめ書架

読書、映画、ときどき音楽。あるいは芝居。

デミアン・チャゼル監督『セッション』

見終えた直後の私の感想。

「...で?」

 

デミアン・チャゼル監督『セッション』

 

 

 

見終えた後の疲労感がものすごい映画でした。終わった!やっと終わった!うおおおお!みたいな。地獄で狂気じみた100分が終わったのでほっとする感じ。おまえらのやりあいはもう見てられねぇ、ってなりました。

 

でもこれ、すごい評判だった映画なんだよなあ...。

私はもうしばらく見たくないなあ...。

 

筋はものすごく単純で、音大に入った主人公がスパルタ教師のもとで頑張ってドラム叩く話。といったら、「なるほど、スポコン漫画の音楽版ね。『のだめ』とか『ピアノの森』っぽいのかな」って気がするのですが、全くそんなことありませんでした。

なぜなら...この映画、真に音楽好きな人間がひとりもでてこない!

それどころか音楽演奏シーンがちっとも楽しそうじゃない!

 

お、音楽を取り扱った映画なのに!!

 

主人公は、人生挫折した父親をみて「ああはなるまい」と思い夢を追いかけ一流音大に進学しましたが、歳の近い親戚(教育大でラグビーとかやってて、わかりやすく”優秀”な人々)とかと比べられて嫉妬。音大では、「最高のバンド」を作るためなら暴言も暴力も辞さない教師のもとで掌から血がしたたるまでドラムをたたきまくる日々を過ごします。教師は生徒たちを追い詰めまくる。授業中に椅子を投げる。ホメ殺しては奈落の底に突き落とす。メンバーの前で恥をかかせる。後輩に嫉妬させる。その他いろいろ。結局生徒は音楽をあきらめ、教師は学校を追われますが、その後ジャズバーで再会することに...みたいな話。

 

主人公がドラムを叩いて血を流す姿は「必死にドラムを練習している」のではなく、自傷行為に近いし、教師が椅子を投げてる姿は「そんなんで本当にチャーリー・パーカーが排出されたら世話ねぇよ」って感じだ。

要はこれ、「音楽映画」という枠には一応収まっているみたいに見えて、全く音楽映画していない。全編通してやってるのは、凡人同士の意地の張り合い。だって優秀な演奏家をつくるのに必要なのは、嫉妬や怒りの感情を巻き起こすことではないはずだし、ドラムは血が出るほど叩く必要はない。

 

ラストシーンで、なんとなく、凡人二人の意地の張り合いに和解が成立したようにも見えるけど、なんだろうな...画面のこっちがわは完全無視で「いいんだよ、俺達これが気持ちいいから」ってかんじで、最後までこっちがわを引き寄せてくれないかんじがする。それに最初から最後まで、こいつら何にも変わっちゃいねぇんだよ...。

音楽を取り扱った映画で、必ずしも音楽が魅力的に描かれる必要はないし、主人公が成長する必要もない。そして見終えたあとでくったくたになろうが、凄い映画には違いない。だって、こんなふうに「音楽」を取り扱った映画がかつてあったろうか。凡人と天才を描いた『アマデウス』があるけれど...あれだってモーツァルトが音楽の神様の申し子として描かれているから凡人サリエリの悲哀が引き立つわけで。

この映画、音楽の神が見向きもしないところで音楽つかって殴りあってる。

 

「教師と生徒が音楽めっちゃ頑張る話」を期待して観たら裏切られる(私は盛大に裏切られた)ので、「凡人同士が”音楽”を武器に互いの凡人加減を殴りあう話」みたいな予備知識で見たら楽しめそうです。

あと、この映画は、監督の実体験をもとに撮られた映画、ということを知っておくと、より楽しめると思います。すごく私小説めいた感じなのは、要は監督自身、音楽を楽しんでなかったということなのかもしれない。

 

私の場合、ユーモアがもうちょっとあったら楽しめたかも、と思う。

でも、監督はユーモアを入れられない。

それだけ、まだこの体験からは血が滴っているということだとおもう。