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まめ書架

読書、映画、ときどき音楽。あるいは芝居。

北野勇作『かめくん』

人間みたいに本を読む。ご飯を食べる。料理もする。

でも、人間じゃない。
彼はカメだ。


北野勇作『かめくん』

 

かめくん (河出文庫)

かめくん (河出文庫)

 

 


多分そんなに遠くない未来。木星らへんで戦争が起こっている。大阪によく似た都市のどこかの商店街の古いアパートに、カメが越してくる。リンゴが好き。するめが好き。図書館で本や映画を借りる。名前はないけど、カメに似せて作った機械なので「模造亀(レプリカメ)」あるいは「機械亀(メカメ)」ともいう。カメなので「かめくん」とも呼ばれてる。

機械なのに、昔のことは覚えてない。

でも、たまに夢見るように古いメモリーがよみがえる。

 

北野勇作作品に人間はあまり登場しない。他作品の『きつねのつき』『カメリ』でもそうだけど、「人間のフリをしているなにものか」がたくさん出てくる。たいてい、なにかが破壊されたあとの世界で、なにかが決定的に失われている。本を開いて一ページ目から伝わってくるのは、何かが欠けてしまった感覚だ(そしてそれでもなお、日々は続く。)

だのに、生々しい。その世界で生きているものは人ではない、いきものですらないものたちばかりなのに、彼らが「食う」とか「寝る」とかすると、そういったことが、すごくリアルで気持ち悪いものとして立ち上がってくる。物語の登場人物たちが「食う」ときは、生命を断ち切り肉汁をしたたらせて貪り食うし、「寝る」といったらそれは死ぬのに近い。

「ほんもの」のない世界で「ほんもの」のフリをするかめくんたちが愛おしい。歌舞伎の女形がつやっぽかったり、宝塚の男役がかっこいいのに似ている。あれは男が女を、女が男を演じることによる「この世ならざるものの美しさ」だから、それと同じように、にせもののいきものがほんもののフリをしている『かめくん』的世界は、ほんものと同じくらいかそれ以上に愛おしくみえる。

 

本を読んだり映画を観たりして、かめくんは「にんげん」を知ろうとしているようでもある。

それは、憧れているみたいに見える。

 

「ほんもの」のない世界で、かめくんが、リンゴが好き、本を読むのが好き、とぽつぽつ考えるとき、その「好き」のところには、ちっちゃく「ほんもの」が宿ってる。

 

と、おもいたい。