まめ書架

読書、映画、赤子に翻弄される日々のことなど。

【0歳4か月】なんちゃって家族

「産んだら親になるんですか」
 
とは、今年の日本アカデミー作品賞にもノミネートした『万引き家族』のセリフです。
 
ほんまこれやで、とおもいます。
だめだわ。ならねーわ。
 
妊娠中からずっと、赤子が生まれたくて生まれてくるので私はお腹貸してあげただけ、って思ってました。これは赤子がお腹から出てきた今もそうおもいます。たまたま私のお腹からでてきて、能力的に非力なので生まれてからも手助けしてあげてるだけ、みたいな。
 
危険回避や社会的ルールを教えなければいけない年齢になってきたら、考えも変わるとは思いますが、それはそのとき考えます。
 
赤子にしてみても、たまたま私のお腹からでてきたけれど、4ヶ月生活してみて「しくじったなー、もっと厚待遇で顔面偏差値高めの親からでてくればよかったなー」ぐらいのことを考えているかもしれません。
 
生んだ直後、産院などで「赤ちゃんはおかあさんが大好き」だの「おかあさんの声で安心する」だの言われました。
 
そんなことねーわーぁぁぁ!!!(絶叫)
 
忘れもしない入院中、いくら抱いても授乳しても歌っても宥めても泣き止まなかったのが、ベテランの助産師さんが抱っこしたらいっぱつで泣き止んだときは、半泣きになりました。
 
やっぱりお母さんは特別。そうでもおもわなきゃ過酷でやってられないから、「新生児おかあさん大好き神話」みたいなもんができたんとちがう?とおもいました。別に抱っこするのはわたしじゃなくてもできるし、粉ミルクでおおきくなれるし。っていうかお父さんはどうした。
 
私の場合、親としての責任感的なものは、妊娠期間10ヶ月程度じゃ培われませんでした。おっかなびっくり赤子のお世話をはじめて、ようやく「いま、この小さき者の生殺与奪の権は私が握っている」と感じましたが、それもまだ責任感というよりか、猫飼ってるかんじでした。
 
そんな調子だったので、病院や健診とかで「おかあさん」と呼ばれると、うへーっておもってました。
いきなりおかあさんなんて呼ばれても困るよ。産んだだけなのにさあ。
 
さてその赤子も生誕4ヶ月半を過ぎ、私の顔を見つけたら「にこぉぉぉ!」と笑うようになりました。あんまり自信なかったのですが、三日続けて確認したので、間違いないと思われます。ちゃんと、こっちの顔見て笑ってました。
かっわいいんだなぁ、これが。今までよくわからんタイミングで「にやり」ってすればいいほうだったのに。
 
ようやくわたしは、赤子のなかで「おっぱい以上のなにか」に認定されつつあるようです。
 
生んだからって親にはなれないし、生まれたからって子にもなれんよなあ。